セアロ師のセッションの前に、今回は亜弥迦さんのリードによる
自分自身を振り返り、見つめなおす時間がとられ、「学びとは?」
「勉強は何のためにするのか?なぜ?」など自分の思いをノートに
記していきました。
そうすることで、セアロ師への質問の内容もぐっと深まり、
第一セッションは「学び」についてのお話が繰り広げられました。
参加者の構成は家族参加あり、独身者あり、親の立場から、子供の立場から、学ぼうとしているものの立場からと多様な中で、セアロ師の言葉は聞いている者すべてに響いていくようでした。
そして、セッション終了後には女性グループ、男性グループに別れ、
今、感じていること、感想などをシェアしました。
そのときに大事なのは発言者の話に耳を傾け、それについて、自分の感情がどう動くかを
観察すること。話す内容をジャッジしないことでした。
参加者の方々は正直に自分の気持ちをお話され、ある人は共感して涙し、ある人は
何も言わず聞いておられました。
午後からはとんだハプニングがありました。
午前中のセッションのときに、「人は一人で生きているということはなく、
自分の知らないところで常に誰かが働いてくれている。
自分の糞尿の始末も知らないだけで、誰かがしてくれている。」
といった内容のお話がありました。
けれど、まさかその糞尿の行方がどうなっているのかを実地で知る体験が
待ち受けているとはだれも想像できませんでした。
何気にセンター側面を歩いていると、不思議な物体を発見。
なんだこれは?
よく見てみると、誰かの大便。
なんと、センターのトイレとつながる排水溝が外れているではありませんか!!
そうと知ると、みんなで唖然を超えて大笑い。しかし、だんだんと正気に戻ると
見す見す、ほおっておくことはできません。
「何事も体験。こんな体験はめったにはできない。」と
みんなで清掃することとなりました。

多感な中学生の男子。
感情がいろいろ動いたのではないかと察します。

けれど、すぐさま手を挙げて行動するお兄さん的存在の男性の姿を見て、
心が変化していっているように見受けられました。
しばらく皆で協力しあい、きれいに除去終了。
日本では稀な事態がカンボジアではまだまだあるのでした。
そうして、夜のセアロ師のセッションが始まりました。
一人ずつ今の気持ちを言葉にし、体験を深める時間となりました。
私は、清掃後、排水管を修理してくださった隣の大家さんの行動に胸が打たれました。
大家さんと言っても、A館のセンターとは何も関係がありません。
それなのに、お休みでリラックスされていたにも関わらず、ご相談すると
すぐさま、行動してくださり、2回も市場に買い物に出かけられ、
他人の汚物の排水溝の中に手を入れ、足をひざまずき、対処してくださるその姿に、
人間としての大きさを感じました。彼にとっては当たり前のことなんだろうなと
伝わるものがありました。

リトリート第一日目。
セアロ師のセッションのほかに、早朝からの作務。日中熱が照りかえす中での玄関の草取り、
レモングラスの洗い加工、選別。排水管の清掃。到着までに体験された孤児院での絵本配布に関しての感想文記入等
盛りだくさんの内容でした。

セッションの最後には瞑想をする時間が設けられ、
心静かな時を過ごし、解散。
参加者からは「1日目の午前中に、『もう、大変満足です。今の時間でも『来てよかった』と断言できます」との声が
あがるほど、内容の濃い時間が流れています。
明日はいったいどういう1日になるのでしょうか。
早朝作務終了後、地元の市場体験から始まります。
<Reported by TOMIKO>