今日はブラウスの写真撮影をしていました。
七部袖の、どこかなつかしいようなボタンがかわいいミャンマーブラウスです。
ボタンホールは、ブラウスと同じ生地で輪を作ったものにくぐらせるタイプです。
それが、悲しいかな穴が小さくてボタンが留めにくいものばかり。
やっと入るものの、とても時間がかかってしまいます。
完全に入らないものが出てきた時に、KABA子さんに、こういう場合はどうしているのか
尋ねました。すると、そのまま受け入れているとのことでした。
以前も縫製プロジェクトの方々へ日本でご紹介していて気づいたことを連絡できる機会に、「ボタンホールがきつい」というご協力者からの意見があり、それをお伝えしたところ、今度はとても大きい穴になってしまったことがあり、その伝達も難しく、ちょうどよい加減が現地の人には難しいのだろうな」と言い合ったことが思い出されました。
というのも、これまで支援を続けられている方々は、年に数回しか、現地に足を運ぶことができない中、他の必要な支援活動をしていると、縫製プロジェクトにかけることのできる時間はとても限られていたとのこと。その上、その短い時間内で数か月分の生地の購入、アイテム計画、技術指導、メンバーの精神面のサポートまでお一人の方が担当されていたのが実情だったそうです。
私はとっさに、とても考え込みました。
まず、自分が思ったことは、「これでは日本の皆さんには受け入れてもらえないだろうな」という気持ちです。
だから私だったらすぐにプロジェクトの方々に言ってしまうでしょう。
「もう少し穴を大きくした方がいい」
けれど、話さず、受け入れる。
始めはわかりませんでした。しかし、想像してみれば、だからこそ、サポートが必要なんだと。
私達は、物を売っているわけではありません。
一生懸命頑張っている人の役に立ちたくて、皆さんにご紹介してご協力をいただいています。
そう考えると、もしかしたら、
生活が苦しくて、
好きで縫製をしているのではなく、何か仕事をする必要があって、始めた人が作ったものかもしれない。選択肢がなくてやむ終えなく働いているかもしれない。その中で心を込めて作ったものかもしれない。
そう思うと、私はしたいことしかしてこなかった、好きなことしかしてこなかった自分のことを
思いました。選択肢がたくさんあり、そこから自由に選ぶことのできる世界。そんなの当たり前の世界。食べることに困ることを知らない世界。
だけど、その選択肢がないというところで、がんばっている人のことが想像できていない自分に気づきました。
日本の皆さんに喜んでもらうことも大事。でも、日本の皆さんのご要望ばかりを優先に彼女達に伝えて、彼女達の歩みを混乱させることは主旨ではありません。
安定した生活をしてもうらことが一番です。
そう気づいたときに、とてもつらくなりました。
自分の了見の狭さ、意味があることしかやってこず、意味がないことをすることにとても理不尽さを思い、、、。
でも、世の中、理不尽なことばかりなんですよね。ただ、たまたま私はそれを体験してこなかっただけで。幸せだったわけで。そして、いつまでも頑張り続けなければいけないの?人間ってつらいなと思いました。
でも、その中で一所懸命がんばっている人がいたら、応援したくなる。
それも真実。人間の美しいところ。
そのように感情が動いたら、最後に日本に一時帰国して支援活動をされてきた方からのたくさんのお土産品(食品、生活備品など)を受け取りました。そして、カステラを口に入れ、
その美味しさをかみしめたとき、涙が止まらなくなりました。日本で差し出されても、召し上がらず、カンボジアのことを思って、取って置かれただろう品々。皆さまの気持ち。日本での想像を絶するぐらいの働きぶり。一瞬の内にいろんな思いがめぐりました。
あ~ 私もこんな風に人を愛せるのかな。
愛せる人になりたいなと改めて思いました。
また、一歩一歩歩みます。
ブラウスは受け取ってから日本人の出番。
今はスナップボタン(プッチンと呼んでいました)の活用はと思います。
他によい案がありましたら、どうぞ教えてくださいね。
<Reported by TOMIKO>

