2013年9月9日月曜日

9月9日 育てるということ <森田>

すこし前から警備をお願いしようという話がでていましたが、

ガードマンに警備していただくことになりました。

さっそく来られたガードマン。

強面のがっちりした人をイメージしていたオラですが・・・
オババ目線でいくと、なんともかわいい男の子。

警備の制服を着ているので、きちんとしては見えますが
下の息子と歳も同じくらいの20歳前後の子です。

ガードマンとしてみると、なんとも頼りなさげ。
こんな若い子で大丈夫か~~とも思いました

仕事ぶりはというと・・・
初日は南京錠を下駄箱においたまま定刻の時間の前にサッサと帰ってしまい。

翌日は、夜中に目が覚めたのでのぞいてみると 椅子に座って寝入ってしまって、
背中をたたいてやっと起きる始末。

朝6時までということで、終了時刻の15分前に行くと、また熟睡中です。
目覚めた彼は、オババ二人の仁王立ちに、後ずさりをするように申し訳なさそうに帰っていきました。

やる気があるのだろうか・・・
ガードマンをたのんで、それを見張っていたのでは意味が無いと思いました。

警備の仕事に来ているのです。
日本では考えられないことです。

セアロ、亜弥迦さんに相談すると、
それがこちらの現状。安全はお金では買えないということ。
ガードマンであっても、若い男の子であり、こちらが1から育てるという意識で接していくこと。
また、取次ぎの人によると夕食は食べてから行かせるので、水だけ飲めるようにしてもらえばよいとのことでしたが、夜の6時から朝の6時までの長時間の勤務。
時間を決めて、お腹いっぱいになるように食事をとらせるようにとご助言いただきました。

ガードマンの男の子はクメール語しか話すことが出来ず、最初はこちらの話がつたわりませんでしたが、KABA子さんが帰ってこられたので、クメール語でも大丈夫。

昨夜は妻子さんのつくった焼き飯をしっかりと食べていただき、お水もたっぷり差し入れしました。

間でKABA子さんが 眠くなるだろうからと、カフェオレを差し入れし、それをとても大事に飲んでいたようです。

夜中にフッと目が覚めたので見てみると、立ってしっかりと見回りをしている様子がみえました。

そして朝5時、『シャーッ シャーッ』と ほうきで床を掃く音で目覚めました。

なんとガードマンの男の子が、物干し場になっている前庭を 丁寧に掃き掃除しているのです。

暖かい焼き飯をお腹いっぱい食べて、カフェオレを飲んで、
その子はしっかりと警備の任務を果たし、その上に自主的に掃除までしていたのです。

『育てる』ということについて学ばせていただいたように思いました。

それは上から目線での命令でもなく、
言わずして、その子が正しい道に向かって、ただただ歩めるように導くこと。

先日ウエストポーチを盗んだ子と、今日、目の前で自主的に掃き掃除をしている子も
もしかしたら紙一重なのかもしれない。

貧困がゆえの盗み。
そして教育がとても大切なのだということ。



プリンセスが『この国に必要なのは教育です。』とおっしゃっていたことと、
つながったような気がしました。



教育とは、教科書でただ教えることではなく、
こういったその子のなかにある、『正しい心』 『美しい心』
人間が本来もっているその心
そういったものをただ引き出すことなのかもしれません。

KABA子さんのあたたかい心で差し出した、暖かいカフェオレ。
それは彼の心まで温めたのかもしれません。

KABA子さんいわく、こちらの人は食べることをとても大事にしているそうで、
彼にもしっかり食べてもらって、良い仕事をしっかりしてもらいたいという思いでいるとのこと。

昨日寝入ってしまい、申し訳なさそうに、そそくさと逃げるように帰って行った彼は、
今朝は、きちんと仕事をこなし、人が変わったようにキラリと光る目で堂々と帰っていきました。

人に言われるからやるでもなく、
自分から『やろう』『やりたい』と決めて動いた『奉仕の心』を彼に見た気がしました。

仕事をまじめにしない人たちとの契約はどうなのだろう・・・
無駄な出費になるなら、警備をたのまない方がいいのではないだろうか・・・
昨日までの状況をみて、正直言ってそう思っていたのですが、
そうやって人を決め付け、うわべだけで判断していることは
日常たくさんあるのかもしれないと反省しました。

人は瞬時にして変わる。

そして良いも悪いもなく、また違う方向にも
いつでも変わるということもあるということなのです。

輝いて見えた彼がいつでも泥棒にもなりうるのです。
それが『貧困と教育』が関係してくるのだと思います。

セダナJAPANでやろうとしていること、伝えようとしていること。
カンボジアだからのお店。
『日本人のおもてなしの心』
それに通じるところがあると思いました。

単にお店番をするのでなく、お店番をする以上はそういった『心』をも
引き継いでやらなくてはいけないのだということ。

最後になって気づかせていただきました。

セアロと亜弥迦さんが自ら歩んでみせてくださっている奉仕の道。
それは人を『育てる』という上からのものでもなく、
ご自身の目の前に来たこと、物、人に対して、
その奉仕の歩みをただただ実践し続けておられるだけです。


本当の教育とは・・・奉仕とは・・・

また今日も深く考えせられました。
日々勉強させていただいています。